住まいという器

自分のためにボランティアをする、自分のために仕事をする、自分のためにゴミを出さないようにする、自分のために体を鍛える、全て自分のためにと考えて行動することが、結果として社会のため、職場のためでもあり、行為そのものが苦にならない。住まいという器を造ることも同じことで、自分のためにどんな器を造るかを考えることにより、先人の人達の知恵が生かされ、業者のセールストークの誘惑に惑わされずに済み、住む人が絆で結ばれた本物の住まいが完成する。本物の住まいには人が寄ってくる。また、その住まいを出て独立した人達にとっても、誇りに思う実家となることだろう。時の流れと言うか、時代の移り変わりと言えるのか、私の田舎も目まぐるしく変貌(へんぼう) してきた。食糧増産が米余りにつながり、生産農家に四割の減反を強いている。更に二○○一年は、天候に恵まれ豊作が予想されることから農業団体中央会が、青田刈りを実施することを決めた。子供の頃には、畑のトマトや胡瓜(きゅうり) などを洗いもしないでその場で食べたものだ。しかし増産のためにはより有効な肥料や、より有効な農薬が必要を迫られ、商品価値を高めるために規格まで決められるようになった。それが今では自然食品ブームとなり、有機農法による農薬を使わない栽培が求められている。農薬を使わない栽培の方法は、先人の豊富な経験の中から作り出された肥料や、害虫に対する対策といった形で受け継がれてきたはずである。火事にも備えましょう。←こちらでのサイトではいろいろな住宅情報を取り揃えております。

DY055_L